お侍様 小劇場

    “寒夜の供寝” (お侍 番外編 76)
 


随分と長々暖かで、紅葉もずんと遅れた秋だったから、
この分ではこの冬もまた暖冬かと思いきや。
クリスマス前に急転直下の寒さが襲い、
それが一旦ゆるんだかと思わせて、
年の瀬、大みそかから新年にかけて、
近来稀なほどの極寒が、日本海側を一気に猛襲。
殊に 三が日明けの仕事始めに合わせるように、
ぐんと本格的な寒さと豪雪が全国レベルで襲い来たのへは。

 “マイカーで里帰りしたクチの社員らには、
  随分と酷なお年玉になっておったようだの。”

ETCに限るとはいえ、高速料金が一括千円というのはやはり魅力。
遠距離であればあるほど、旅費が途轍もなく助かるのでと、
例年はJRや飛行機を使っていたクチのご家族までもが、
果敢にも車での帰省に挑んだらしく。
お盆に試してみたからというご家族も、
よもやこうまで同じことを考えるご家庭があろうとは思わなんだか。
二日の上り車線の渋滞は、どこも壮絶を極めたらしく。
30分かからぬ距離を数時間かけてという進みようにて、
帰還する羽目になったとか。
そんな混み具合も もはや新春の幻と消え、
今度は三連休だからというそれか、
スキー場や温泉地に向かう下り車線が、
またまた混み合いつつある3連休の最初の晩。

 「…。」

こちら様は単なる帰宅、
都内のベッドタウンへと高速から降りると、
ベルベットのような深い奥行きのある夜陰の中、
なめらかな走りで愛車を駆る。
経済界の情勢としては、
昨年から引き続く不況の陰も色濃いものの、
案じられていたドバイショックも、
何とか修復されつつあるとかいう話だし、

 “務めの方へも、特に何か言ってくる気配はないようだし。”

土地や地域によっての きな臭い胎動がないではないながら、
それは今に始まった話じゃあなし。
何より、予見・偏見を持たぬよう、
そっちの情勢には、
あんまり深い関心持たぬよう心得るのが、こちらの壮年殿の常。
手慣れた様子でハンドル切って、
世界で最も心安らぐ我が家へと到着し。
エンジンを切ると同時、深々と安堵の息をつく勘兵衛であり。
車外へ降り立てば、たちまち襲うのが、
薄氷をまとわしているかのような、凍った夜気のおもてなし。
ツィードのスーツやコートに覆われてはない、
背へと垂らした伸ばした髪にも隠し切れてはいない、
僅かに露出している顔や手へと、
ひたりと寄り添う寒気の鋭さに遭い、思わずのこと首をすくめる。
吐息を白く曇らせながら、短いステップを駆け上がり。
レトロなランプ型の灯火に甘く照らされた、
玄関の厚い扉、押し開けたその途端、

 「お帰りなさいませ。」

柔らかな明かりが灯る中、
上がり框の上、板張りに直に正座をし、
姿勢を正した七郎次が待ち受けておいで。
まさかにずっとずっとそうしていた訳じゃああるまい、
車が車庫へと入る気配を聞いたからという手際であろうが、それでも、

 「まだ起きておったのか?」

もはや日付も変わろうかという頃合いだのに。
遅くなるとの連絡も入れた。
だから、先に休んでおれと、
それもまた“命じた”ものであったはずだというに。
またもや言いつけを守らなんだなと、
勘兵衛がその目許を眇めて見せるものの、

 「眠くなりませなんだのですよ。」

小首を傾げてはんなり微笑い、
御主の手から、ブリーフケースやコートを預かると。
さあさ早く上がって暖まって下さいましと。
煌々とという明かりは却って疲れようからとの配慮だろ、
柔らかなフロアライトを灯したリビングへ、
どうぞと誘
(いざな)い、着替えを促す。

 「お風呂はどうなさいます?」

暖まりますよとそれを訊いたのは、
車での帰宅で体はさほど冷えちゃあなかろうが、
その代わりにあちこちが固まってはないかと案じたため。
コートやジャケットを脱いで軽くなった身とはいえ、
明日も定時に出勤せねばならぬので、
ぐっすりと眠るに越したことはなく。

 「軽く浴びておこうか。」

勧められるままに風呂場へ向かえば、
脱衣場も浴室も、
蒸すほどではない暖められようの空間として、
既に拵えられている手回しのよさであり。
湯船でその身を伸び伸びと寛がせたものの、
男の風呂だ、さして時間もかからぬもので。
用意されてあった冬物のパジャマへと着替え、
寝室への通り道、
ダイニングにあった気配へもう寝るからとの声をかければ、
はいと淑やかなお返事が一つ。
こうまで遅い帰宅となった晩は、
取るものもとりあえず安眠熟睡を優先と、
わざわざ告げずとも語らずとも、双方ともに重々心得あっている。
寝室までをわざわざついて来ぬ女房なのも、
互いに勝手へ物慣れたればのことであり。
きっと自分はまだだった筈の、風呂に入って火を落とし。
髪を整えつつ、明日への支度をいろいろと確認してから寝に来る彼だと、
勘兵衛の方でも把握済み。
こちらもフットライトが灯されてあった寝室は、
されど居間ほど暖かくはない。
上掛けをはがせばシーツはひやりと冷たいが、
足元あたりには湯たんぽがあるところは、

 “これは久蔵への手間のついでだろうな。”

何せ昨年の冬から始まったものだから、と。
判りやすい手配りなのへ苦笑をこぼしつつ、
だが、内心ではありがたい思いつきよとありがたく思ってもいる壮年殿。
特に告げた覚えはないので、七郎次も何とはなくの把握どまりだろうけれど、
実は寒いのが苦手な勘兵衛であり。
年齢に見合わぬ身ごなしの軽さ鋭さも、
もしかしたなら…じっとしていると寒いからなのかも知れぬ。
(おいおい)
昔むかしの日本家屋がそうだったような、
漆喰や薄べり板のみといった壁や床じゃああるまいにと、
判っちゃあいるが それでも不思議と。
今宵のようにぐんと冷え込む晩は、
室内にいてもしんしんと、身に迫るよな寒気は感じられ。
これは寝つくまでの間、エアコンを点けたものか、
だがだが、あまり温め過ぎては頭がのぼせるからと、
そうと案じての、七郎次のこの対処なのかも。
眠ってしまえば寝床も暖まっての苦ではなくなる、
早く寝つくに限ると寝相を探しての輾転反側するものの。
つま先が冷えて来るばかりで一向に眠気がやって来ず。
ふうと吐息をついたその間合いへ、

  ―― かちゃり、と

寝室への扉が静かに開いた。
勘兵衛がもう寝入っているならお邪魔にならぬよにということか、
気配も薄めてのそろりと、入って来たのが七郎次であり。
広々とした寝台の端に立ち、
一応は自分の位置が空いているところを見澄ますと、
羽織って来たカーディガンを脱いで、
そのままスルリと上掛けの下へもぐり込んで来る手並みの静かさよ。
寝台へ腰掛ける反動も、掛け布をめくり上げる高さも、
最小限になるようにと押さえているようであり。

 “…成程の。”

道理で、と。
こういう形で後から寝に来た彼を、
なのにそれと気づかぬままの朝の何と多いかへ、
今になって納得している勘兵衛だったが。

 “……お。”

彼とともに、彼以外にも、
ふわりと布団の中へ送り込まれたものが、
あったことへと気づいたものだから。

 「……。」
 「……………? 勘兵衛様?」

あれあれ、眠っておいでではなかったのですか?
それともお邪魔をしてお起こししましたかと。
そんなこんなを問いたいような、
ごめんなさいとゆ、含みのありありとするお声、
か細く絞り出した七郎次だったのへ。
……なのに聞こえぬ振りをして。
緩く揉み合い逃れようとする身を、そうはさせるかと強い手が捕まえ、
二の腕や肩を掴み、その先、抱き込もうとするものだから、

 「ま、待って下さいまし。」

その掻い込みようが、
睦みに至ろうというものじゃあないのは、何となく判る。
こちらを掴んだ手から伝わる力加減や、
のしかかろうとするのじゃあなく、ただただ引き寄せようとする態度から、
何をしたい勘兵衛なのかは、十分に伝わって来るので、

 “しようのないお人だなぁ。//////”

物の分別もつき盛りの
すっかりと落ち着いた壮年であるくせに。
良い意味でも悪い意味でも、
普通一般の人より遥かに多い蓄積もって、
その内面へ、様々な錯綜のんだその末に、
この豊かな人性を築いたお人。
あんまり世渡り上手じゃあないが、その代わり、
複雑な機微のいろいろ、
要領よく語ることなぞ容易いお人なはずなのに。

 “私が相手だからという、一種のずぼらなんでしょうかねぇ。”

頑是ない子供の駄々こねを思わすしゃにむさへ、

 「勘兵衛様、ちっとだけ…ちっとだけ手を緩めて下さいまし。」

逆らやしません、だからお願いと。
細い声で囁いて差し上げ、
それでやっと緩んだ強い手を右と左へ割り開き。
双腕の狭間へと、彼の側からその身をすべり込ませての、
懐ろの奥底に深々と。
先程感じた甘やかな香りとそれから、
さらりとしたやさしい温みをまとった、
しなやか嫋やかな肢体が、
思うところへひたりと添うてくれ。

 「窮屈ではありませぬか?」
 「…いいや。」

ああそうそう、寄り添い合うとはこれを言うのだと、
間近に来たりた金絲の質感、
薄暗がりの中に透かし見て、微妙な悦を感じかけておれば、

  もしかせずとも、このところ、
  甘いものが祟ったか、少しほど太ってしまったのですよね。
  重いようなら言って下さいまし、
  敷いてしまって腕がしびれては大変ですし。

軽妙な物言いをしつつ、くつくつと微笑った恋女房だったものだから。

 「……。」
 「………え?」

先程、しばしゆるめてと離してもらった大ぶりの手が、
するりともぐり込んだのが、七郎次の側の懐ろへ。
おとがいの線を辿り、細おもての顎先へまで到達すると、
そのまま ついと顔を上げさせるまでの、何とも手際のよろしいことで。

  そしてそして……

御主の深色の双眸に見据えられた、
青玻璃の瞳とその周縁が、

 「あ………。////////」

見る見るうち、朱を亳いたよに ほんのりと染まったは、

 “本心本音は、微妙に恥ずかしいのであろうにな。”

自分の側から擦り寄るなぞと、
まだまだ えいやという思い切りの要ることだろに。
照れ隠しからのお喋りと、気づいておるよと、
これもまた無言のままでの意思表示を差し向けたれば。
ほら、肩から力が抜けてゆき、

 “ますますのこと、収まりがよくなったではないか。”

あやして差し上げようなどと、思うはまだまだ早いぞとの意趣返し。
微妙ににふしゅんとしぼんだその身を抱き直し、
今度こそはと寝相を決めて。


  好もしい匂いにくるまって温まっての、
  どうかぐっすりと、おやすみなさいませ……。





  〜Fine〜  10.01.09.


  *ある意味、ちょこっとご無沙汰しておりましたが、
   こちらさんも いちゃいちゃの熱にて、
   極寒なんてどこ吹く風なご両人であるらしいです。
   年頭から、好き勝手なお惚気話で始めてしまって、
   今年の方針も相変わらずと決まったか?

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